はじめて | 木のうろ

はじめて



八年間つきあってきた彼女に別れようと言われた。
去年の年末にそう言われる前、昨年一年、お互いお言動、時間の過ごし方、
セックス、いろんなことでずれが見られるようになっていた。
自分は今28歳、彼女は29歳。
学生時代からつきあいはじめ、居るのが当然のような関係だった。
でもそれはおそらく自分の思いこみで、
その「居て当然」の感覚がどれだけ傲慢で、相手を他人として認識しようとしていない行為だったかを、相手から別れを告げられて初めて知った。
もう遅いけれど。

彼女はもともとアレルギー持ちで、肌も弱く、多分一般的な健康体というには支障があった。でも普通に街を歩いて互いの部屋にいって眠って、食事をするとか、そういったつきあいに弊害があるわけじゃなかった。
その時間は本当に楽しくて、その楽しさ、心地よさがずっと続くもんだと思ってた。

就職し、週末はいつも一緒にいた。
でも一昨年くらいから、彼女が仕事で部署が変わり、仕事が忙しくなったと言ってきたときからつき合い方が段々変わった。
向こうは自分の時間が欲しい、休日は部屋でゆっくり寝たい、掃除や洗濯をしたいというのに対し、自分はせっかくの休日なんだからどこかへ行こう、まず俺の部屋に来てよ、と駄々をこねた。それが当然であるように。

彼女はよくぼんやりする人で、自分は逆にせっかちな人間だ。
テレビをつけて笑ってぼんやり時間を過ごす彼女と、ご飯を作りながら洗濯をする自分とでは、時間の使い方に対する概念が違っていた。
何でもっと上手に時間を使えないのか、俺よりも平日は早く帰れるのだから、その時間で炊事洗濯をして、週末は二人でいようとなんで思えないのかと責めた。

そうやって俺は彼女の変化を察知できず、他に好きな人ができたんじゃないのかと難詰したり、もともと性欲が薄く、体力の低下でさらにそれが深まった彼女に対して、何で前みたいにセックスできないのかと責めたりした。

そうやって自分のわがままを、彼女の体力の低下のせいにした。
それで電話やメールも、今思うと段々ぎこちなくなった。
年末ある時、土曜日なのに連絡をしてこない彼女にひどく電話口で怒った。
もともと自分は短期で、彼女は怒っている人間が無条件で怖いと言っていた。
けれど電話口で怒鳴り、罵声を吐いて、夜彼女の部屋に行った。
感情にまかせて、「俺達は好き同士だけれど、もともと相性があってなかったんだ、相性が悪いし駄目だったんだ」と言ってしまった。ブラフのように、
彼女を元に戻す(それがどれだけ傲慢なことかも知らず)ために心にもないことを言った。彼女は泣き、それから日にちが経ち、彼女が自分の部屋に来た。

セックスをして、彼女が頭をすりよせてきて、言わなくちゃいけないことがあると言った。この間、あなたに言われたことをずっと考えていた。
あなたは、あなたが私を好きなほど私はあなたが好きじゃないんじゃないかと言った、それはよく考えると、そうかもしれない。
あなたといると居心地もいいし、安心感も慣れもある。けれど、それは恋愛感情ではないんじゃないかと。距離を置きたい、一ヶ月会わないでいて欲しいと、彼女は言った。

自分は段々静かにパニックになった。
まさかこんなことになるなんて、そう思うだけでロクにしゃべれなかった。
結局、一ヶ月なんて無理だ、せめて十日にしよう、別れるなんて絶対あり得ないと伝えた。

年末年始を過ぎて十日目に彼女と自宅近くの喫茶店で待ち合わせた。
顔つきが違っていて、部屋に行くときも隣じゃなく、斜め後ろを歩いていた。
部屋に入って、この間の話の続きをしよう、として話が始まった。
十日間考えて、わたしがあなたに抱いている感情は、居心地の良さや安心感で、それは好きであると言える。けれど、あなたに異性としての恋愛感情がもうないことに気づいてしまった。そう考えると、去年からぎくしゃくしたこともつじつまがあう。わたしはあなたと恋愛していると思っていた。でも恋愛感情がない以上、セックスもできない、恋人でもいられない、別れよう。そう言った。

何を言っているのか全然理解できなくて、パニックというか、表面上は「ふーん、困ったな」とか「うーん、」とか取り繕うだけで、心中がとっくに発狂してたように思う。