薬6 | 木のうろ

薬6

好きな相手と別れたという同じ境遇で会った二つ上の女性に別れを告げた。
もう少し距離を置こうと、以前の彼女に告げられた言葉と殆ど同じ内容のことを伝えた。
あなたのことは嫌いでもないけど好きでもない、異性として見ることができない。

 

その後は自分の言葉を伝えた。
そして、自分達の関係は、弱った者同士が依存しあう甘えだと思う。
事実自分はあなたに甘えた。あなたが僕に対して好きだと言ってくれるのは、それも甘えだと思うし、もしそれが真正のものなら、自分はその気持ちには応えられない。

 

 やりとりはメールで行った。とても傲慢な私見を書く。
相手から送られてきたメールのすべては、俺を肯定する内容だけだったように思う。
嫌われたくないように、手放されないように、そうした基本感情が前提にあったと思う。

 距離を置こうというメールの返信は、酷い言い方になるけれど想像の範疇内だった。
泣きそうだけど、依存じゃなく甘えじゃなくなるまで頑張ると。

それから数通メールが届いた。返事はすべて短く、最後にありがとうとだけ付け加えた。
前の彼女と別れた後、自分も相手を気遣うメールを送った。
研修で風邪などひいてませんかと。その返信は、大丈夫、ありがとうだった。


 つきあっているとき、メールでのやりとりで末尾にありがとうはつけなかった。
そうした感情は、言わなくても互いに内包されていたからだ。

別離を通して他人同士となった証が「ありがとう」なのだなとその時思った。

 

長い間つきあった人間と別れ、多少時間が経過し落ち着いてきた時に自分を苛むのは、一人の時間の過ごし方だ。
有り体に言えば、一人でいたくない。
誰かといたい。強迫観念的に誰かを好きになり、つきあいたい。そう思ってしまう。
そして、冒頭のようなことが繰り返される。

 昨日は医者へ行った。先生に上記のことを話した。


先生はパズルのピースの話しをした。
あなたが感じている欠落感、消失感は欠けたパズルのピースです。
ピースの欠けたままのパズルは違和感があるでしょう。
まして、ずっと長い間はまったままのピースが抜けた後のパズルはとても大きな違和感があるでしょう。 でも、欠けたままのパズルを一つの完成品として見られるようになった時、あなたは初めて彼女のことを忘れられるんじゃないですかと。

以前の通院で先生は、きちんと自分の足で、誰かに依存することなく立つことができれば、初めて一人の人間となれると仰った。それと同じことなのだろう。


「欠けたピースを抱えたパズルという完成品」は、大事な何かを失った事実をきちんと認知した上で生きていく強さを持った一人の人間だ。自分だけの足で立つことができる人間。


二つ上の人に距離を置こうと言い、それでも強迫観念的に誰かを求めてしまい、同じことを繰り返してしまうのではないか。


そう尋ねてみると、いいんじゃないですか。僕たちは神様じゃないんです。
そうやって繰り返して、いつか本当に新しいピースが見つかるかもしれない。
あなたは状況を客観的に見ることができています。
患者さんの中には、そうした欠落感、消失感を、自分のせいではなく、
ほかの何かが奪い取ったのだというように原因や経過を仮想の何かに転化させて治療を行っている人もいる。 そうした中で、自分の判断で行為を行い、その結果に悩んでいるあなたは客観的に自分を見ることができていると思いますよ、と仰られた。

 

明日は前の彼女とライブに行く日だ。
会って取り乱すようなことはもうないだろう。ライブが終わってお茶をして、じゃあまた舞台かライブがあったら見に行こうか、くらいのことは言えるだろう。


誰かを求めている間は、彼氏彼女が欲しいなと思っている間は相手は見つからないと巷間ではよく言われる。今は薬と酒と仕事に依存して一人の時間を生きていこう。