人5 | 木のうろ

人5

日曜日には忘れていたと思っていた大きな揺り戻しが来た。

週末は出張で京都に行き、桜を携帯で撮り、前の相手に送りつつ次回のライブチケットは五月だがどうするね、と送り、きれいだね、とりあえずチケット取りますと返信が来たのでそのまま新幹線でビールを飲んで帰宅した。

 

日曜日に会ったのは、一月二月の一番酷かった時期に、部屋に来てくれて一緒に名作アニメを見てご飯を食べ、話を聞いてくれたかつてのバイト仲間であり今はイラストレーターをしている人だ。

彼女から彼氏と今回は本当にうまくいかないのでアルコール接種につきあってくれとメールがきたので渋谷で飲んだ。

 

前後するが、土曜日は英会話学校に通い、午後から一歩も外に出ず酒ばかりを飲む日々だった。

体重は49キロになった。薬を飲んで酒を飲んで前後不覚になっていれば時間は勝手に過ぎてくれるからだ。

 

こういう用事があって外に出て、パブのトイレで顔を見て酷い顔をしていると思った。

彼女の話は、数年つきあっては別れ、ヨリを戻し、別れ、の繰り返しで、今回のは決定的になりそうだということだった。原因はセックスで、彼女は痛覚しか感じないのだそうだ。

彼氏に感じている感情はまだ恋情なのかい、それとも情かいと聴くと、情だと返ってくる。

友達としてやっていけたらベストなのに、と。

 

彼女の誕生日は俺と一日違いの八月だ。彼女の彼氏は、それまでに三回セックスをし、そのうち一度でも彼女が痛くなかったらつきあってくれ。そうでなければ縁を切ろう、という内容を話したそうだ。

 

この男の理屈が俺には傲慢でも何でもなく、手に取るように分かった。

彼女の彼は、当時の俺とまったく同じだから。

セックスは互いの合意がないと必ず齟齬が生じる。

言葉が通じない相手に無理矢理意志を押しつけたところで、それはただの暴力だ。

言葉であっても体であっても。

 

かつて自分は、前の彼女とセックスを何度もした。気持ちよく、愉しく、心地よかったことも何度もあった。

だからその事態が段々変容し、前のようにうまく行かなくなってきてからはどんどん接し方がぎこちなく、強引に束縛するようになった。

 

セックスが痛くてできない、という相手の要望に対して、それじゃ回数をまず減らすから、というのは完璧に男の理屈だ。女性は回数云々を問題にしている訳ではない。行為そのものが嫌だと言っているのだから。

 

自分は前の彼女から、あなたにはもう異性としての感情は考えられない、異性とみれない以上セックスはできない、と告げられてから今に至るまで、一度も射精をしていない。性欲が消失した。

 

悩みや愚痴を告げてきた彼女に言ったのは、君の彼氏の申し出は完全に男の理屈でエゴであり、俺も似たようなことを言った経験がある。だから、最終的に拒絶し、友達でいるのがベストだと伝える権利が君にはあると言った。性欲とその人を本当に好きだという気持ちを混同している間はまだ相手に甘えているだけなのだと。

 

八月の誕生日まで、別れるかそうでないかのカウントダウンとして君だけが痛みを味わうのはおかしくないか?と。

 

そうした話をして、人でごったがえす渋谷を歩くうち、まるでさっきの話はかつての俺と前の彼女と同じだ、と思い、出張の疲労もあったのだろう、胸苦しさを覚えながら街を歩いた。

彼女と駅で別れ、電車を待つ間にホームに降りたらどうなるだろうなどと考えてる自分に気づいてぞっとした。

 

帰宅して、二つ上の人から入っていたメールに返事を書いた。何度も返信をし、電話していいかと書いた。

こちらから距離を置こうといい、殆ど情報交流をシャットダウンしていたにも関わらず。

 

彼女は激務で体調を崩しているとのことだったが、気合いで治しましたと言った。

そして俺のことを怒った。当然だろう。怒りつつ、正直あなたが何考えてたかわかんないとも言いつつ、

それでもわたしも正気じゃなかったんだからまあ五分五分だね、と言われた。

 

電話で今の心理状態をだらだらと伝え、全然前の相手のこと吹っ切れてないじゃん、と笑われた。

おやすみと受話器をおき、メールがきた。

言いたいことやまほどあるし、あったら多分鉄拳飛ぶかもしれないけど、でももうなんだかあなたに対しては乗りかかった船だから、何かあったら電話でもしなさいと返ってきた。

 

ありがとう、返す言葉もありませんと返信すると、

 

あなたに礼を言われる筋はないし、もう貸しも借りもない。飛び降りるんなら飛び降りてみろやコラとヤンキー言葉で罵倒してやるからそのつもりで、と返信がきた。

 

この日から酒か薬どちらかを絶つことにしようと思う。

薬は処方されたものだが酒は自発的におぼれたものだ。絶つなら後者だ。