木のうろ -3ページ目

上野

彼女と過ごさない週末は初めてで、
一日中ずっとお酒を飲んでいた。
この日記を書き始めたころと比べると多少心も落ち着いたように思うが、それでも一日は長かった。

見知らぬ相手とメールをしていた。
誰でも良かった。でも、アダルト系列の出会い系などではない。
薬のせいもあるのだろうけど、彼女が「別れましょう」「もう恋愛感情のないあなたとはセックスできない」と言われた日から勃起はしていない。
誰かと話したかった。

メールの相手はテンションが高く、話題の間のようなものも合っていた。正直、刹那的に週末はその人とのメールにすがっていた。一緒にじゃあ上野でディナりますか、ということになり、雪の降る中上野に行った。

出会ったのは二つ上の三十歳の女性で、寒いのに薄着でやはり寒そうだった。カフェ?はあ?なんだそれ?的なサバサバした性格の女性だったので、近場の居酒屋で飲んだ。互いに話しをしあい、笑いあった。何かあったのと聞かれ、ふられた、と答えた。あーそっか、次次、ネクストネクスト、とその人は笑いとばした。

歳月を忘れようとは思わないが、歳月にこだわろうとも思えなくなっている自分が、だんだんいるように思う。

最後に寒いー、といって手をつないだ。彼女は鶯谷で下車して自分は巣鴨で降りた。人の手は温かかった。けれど、やっぱり一番握りたい手は彼女の手だろう。

深酒のせいで大量に吐いた。
体重が52キロになっていた。無理してでも喰わなければならない。


電話がこない、メールがこない、ということには、辛いけどそういうことなんだろう、とコメントに書いたけれど、
仕事をしていてメールがこないなということをふと思って、気持ちが死ぬ。仲の良い友達でいようというのは別れを告げる側の常套句で、こちらから連絡をとらないかぎり、向こうにおける「別れ」は終了していて、「友達つきあい」すらこちらからの歩み寄り以外にないのかと思うとやりきれない。彼女がもともと友達とどれくらいのペースで連絡をとっていたかは分からないけど、十日間も連絡がないというのは、これきりにしましょうということなんだろうか。
今は相手からメールや電話が欲しい。でも、自分からはしたくない。我慢してしたくないわけではなく、ただこちらから連絡をとりたくない。うまく言えないけど。

一ヶ月たったら相手に会ってご飯でも食べようと思っていた。
友達だから。
でもこのままのままだったら、友達というか、他人だ。

部署替え2

職場では二月に全国的な研究大会がある。
その取材要員として(自前で行う研究大会を自前で出版している本に取材記事を載せるというのも変な話だが)かり出されるが、
それも今年で最後だ。編集部に入って四年、来年からは研究大会のカリキュラムなどを企画する側に移動する。

研究大会は三日間行われる。終了した後に、参加者が有志を募り軽い旅行に行くのだが、これには毎年参加しなかった。
会社での飲み会、旅行にも自分は否定的だ。
半強制的に深められる親睦なんて業苦だ、そう思っていた。

けれども、そういう自己閉塞性を当然のようにして28年生きてきたツケのようなものが、彼女との破局になり、周囲に目を向ける目を持つことができなかったこと、世界には彼女と友人だけではなく、多くの人間がいるということに目を背けてきたことが、自分自身の成長を妨げてきた原因になったのだろうと思う。

もちろん、今でも酒場でクダを巻いてろれつのまわらない繰り言を吐く上司の姿は醜いと思うしああはなりたくないと思う。
しかし、それでも見知らぬ誰かと、たとえそれが不快と終わっても、人と関わったという行為はきっと自分を変えることができるはずだ。


今朝は五時に目が覚めた。また寝汗を欠いていた。
朝は性的な印象を見るし下半身が反応する。
切り取ってしまいたい。別れてから自己処理はしていないしするつもりもない。

薬3

先週訪れた精神科に行った。
ここでもらった睡眠導入材は本当に強力で、会社を遅刻してしまったので
その薬の処方はやめてもらった。

先生は、多分初見の人がこの人の職業は何?と聞くとおそらく十人に八人が医師か教師、と答えるような風貌の先生で、最初に顔を合わせたときは、精神科という閉塞的な空気と相まって少し怖かった。

それでも、職業上のスキルなのかもしれないが、こちらの話をきちんと聞いてくれて、泣きながら辛い辛いと言ったときも、それだけ長く一緒にいたんだから、手足を失ったようなものだよ、と慰めではない言葉を発した。

骨折だって骨を折った直後は痛い。でも現代の医学では、鎮痛剤はあるし、骨はいつかくっつく。心も同じ。心が骨折している状態の痛みを、和らげる方法は医学的にあるんですよと言った。正直、それに依存してしまうような体になってしまうのは怖い。

今処方されているのは、過去の思いでやストレスに耐えきれなくなったときに飲むレキソタンという薬。これは飲んで5~10分くらいで効果が出るが、毎日飲むと次第に効果が薄れるという。根本的な治療薬として投与されているのが、パキシルという薬。これは効果が出るまでに二週間かかるが、外的なストレスや心労などに対抗するセロトニンを誘発する薬だという。

最初はレキソタンで抑え、そのうちパキシルが効きます。そういう戦略です。大丈夫ですよ、と先生は言った。

パキシルの投与は数ヶ月続けた方がいいかもしれないですねとも言った。
こういう職業をしていると、快復したなと思ったふいの矢先に、心がいきなり落ち込んで自殺してしまう人が何人もいるんです。
心の辛さはきちんと心の成長の糧になるし、それを得たときに新しい人と出会うかもしれないのに、死んでしまうのは勿体ないです。と言っていた。

死んでしまうのは悲しい、ではなく、死んでしまうのは勿体ない。

悲しみには未来がない。勿体ないという未練やあがきには、確かに未来があるように思う。


時系列とか文章表記とか何も考えずに、ただぐちゃぐちゃでくたばりそうな心を外に吐き出したくてここに書き始めた。
毎日読んでいますと言ってくれた方がいた。
不特定多数の読者が存在する場所で何かを書く以上、きっと誰かに自分の苦しみを読まれたい、慰められたいという欲求があったのだと思う。
その欲求は偽れないし、多分今唯一正直な感情だ。
誰でもいい。一緒に居て欲しい、話してほしいと思う。

読者登録をしてくれた方ありがとうございました。
公開に問題があるようならば連絡ください。

部署替え

会社で四月からの部署替えを命じられた。
一応、上からの期待があってのことらしい。
それまでは月刊誌の編集職員だったが、
今度は研修会や研究会の企画運営要員として働いて欲しいということ。

四月からのことだが、自分の予測範囲外で環境がどんどん変わっていくのはいいことだと思う。新しい環境になれるために必死になれば、過去の辛さを反芻する暇もなくなるだろう。

文章に携わる仕事がしたくて今の職場に入ったので、編集部を離れるのは残念だ。でも、上司が「いろんなパイプを設けて、何年か修行して、また戻ってきたら新しい展開が開ける」と言っていた。

環境は人を変える。ただ、環境に負けてはいけないんだ。

彼女とは連絡を取っていないし、連絡もこない。
でも、毎朝毎晩彼女が住んでいる駅を地下鉄で通り過ぎるとき、いるはずもないけど、ホームで相手の姿を探す時間が少しずつ減った。
来月、別れて一ヶ月したら連絡を取ってみようと思う。
それまでどこまで自分の心が安定しているかによるけど。

今の支えは、かりそめだとは十分承知しているけれど、
日曜日にホームで泣いた自分の頭を抱いて慰めてくれた友達の存在だ。かりそめで支えがあるのとないのでは全然違う。

やはり、朝がまだ一番辛い。

相談

彼女に別れを告げられていろんな人に電話した。メールもした。
その中には会ったこともないメールだけの相手もいた。
その人も酷い恋愛に傷ついているようで、彼氏にまるで「コンビニのお菓子」のような扱いを受けていたということらしい。無くなったらまたこの人で補充すればいい、というような。

この間、自分が友達に話を聞いてもらって慰めてもらって、そのメールの相手にメールした。
「今日は親しい男友達に慰めてもらったよ。君もちゃんと話をきいてくれる人がいてよかったね、大丈夫だね」
と返ってきた。
薬とお酒のせいもあったんだろうけど、その時は割合フラットな気持ちで、「***さんありがとう、とりあえず今は持ち直してる。こういう風になれたのも***さんが話を聞いてくれたからだよ、ありがとう」とメールを打った。
今日の朝返事が届いていて、「わたしはそんなお礼を言われるような人間じゃない。もうありがとうとか言うのはやめて欲しい」とあった。

多分自分がその人に言ったありがとうは、その人に対してじゃなく、心がちょっとだけ落ち着くことができた自分自身に対する身勝手なありがとうだったんだなと思った、その人もまいっているのに、俺はその人の話を聞こうとはしなかった。聞こうとはしたけど、しゃべってはくれなかった。

別れの苦しみの辛さは本当に辛いけど、辛さには千人いれば千人の種類がある。その違いをわきまえずにただ「ありがとう」で片づけようとした自分に腹が立ったし後悔もした。

分かった、ありがとうはもうやめる。音楽やご飯の話をしようよ、
とメールすると、うん、とだけ返ってきた。

俺だって全然大丈夫じゃない、誰かと一緒に居て、お茶を飲んで、ご飯を食べて、抱き合いたい。辛いんだと送った。

返事はない。
人を思いやるということがどれだけ大事なことかを、今回の別れで痛いほど学んだ。けど、生傷からは血がどくどく出ている。
見知らぬ誰かにすら言葉で甘えてすがってしまう。


そして、メールの相手から返事がきた。
「すぐ元通りになればいいけど、大抵は時間がかかるものだよ。

安心出来る相手はすぐ近くにいるけど気が付かないだけかもしれないし、もうしばらく先かもしれない」

どういう意味なんだろう。



仕事をしながら失恋したときの心の処理の仕方をネットで調べたり、失恋した人のブログや掲示板を読んだりしている。
不良社員もいいところだけど、
「だからあなたは今でもひとり」という本を目にして注文し、読んでいる。
欧米文化を背景として書かれているだけあって、たまに「神に心情をぶちまけなさい」的な表現が出てきて違和感を感じるけど、中身は納得できる内容で、その分だけ辛い。

「あなたは好きだけど、いっしょにいたいと思うほど好きではなかったということを認めなさい」「相手を本当に愛しているなら、互いに互いの道を歩き始めたことを祝福しなさい」

そうだよ。その通りだろうけど、まだ駄目だ。どうしても。
メールはこないしメールはしない。その代わり、この間一緒に飲んでくれた人に空元気メールを打ったり、部屋ではゲームして時間潰して、薬飲んで酒飲んで寝ている。

一方が片思いのままでは、本当に「友達」になんてなれないだろう。上に書いた本には、お互いが好き同士でもやっぱり合わなくて、それによる別れをきちんとあきらめられたときに二人は貴重な友達になれるって書いてあった。

俺は友達になりたいんだろうか。
彼女のことが好きな男と、彼女から好かれる男になりたいんじゃなかったのか。
ただ単純に、彼女にもう二度と会えなくなるのが怖いだけなんだろうか。

もう一度彼女を取り戻したいのなら、彼女を手放しなさい、とも書いてあった。

メールはしない。頑張って、メールはしない。でもくじけそうだ。
弱いなあ。

友人 2

一緒に音楽をやっている友人が部屋に来た。
別れを告げられたときいろんな人に泣いて電話しまくった。
自分は人から別れを告げられたことは今回が初めてだ。
あなたが嫌いになったから、ではなく、どんな理由があったかは彼女自身にしか分からないが、異性としての恋愛感情がなくなったので、恋人としてはつきえあないということだった。
遊びにきてくれた彼は、出会いと別れをきちんと経験している。
自分と彼女両者をそれなりに知っている人物だ。
彼の言葉はとても含蓄があった。
いろいろなことを話した。彼女となんでうまくいかなかったのか、
俺の問題点、彼女の問題点、友達でいたいっていうのは、別れようっていうより残酷だと思うよ、そんなことを話した。

人と話すことがこれほどありがたいと思ったのは初めてだった、
「電話じゃやっぱりわからないから」といって、部屋まで来てくれた彼の
温情は感謝しきれないほど感謝している。「俺は慰めるのと別れた経験だけは****さんより自信あるから」と笑って彼は帰った。
どうもありがとう。


次の日、昨日電話で散々泣きついた友人と渋谷で会ってもらった。
彼女もまた出会いと別れを繰り返して、今では一番最初につきあい、別れた彼と仲の良い(およそ微妙な感情も含む)友人関係を構築している。彼女とは五年前のバイト先で知り合って後の飲み友達だった。
人と別れたときは人になぐさめてほしい。男友達の言葉はかけがえがない。
それと同じくらい、やっぱり女性の言葉も欲しかったからだ。
雨だしやめようか無理しないでと言っても、平気平気と言って渋谷まで出てきてくれた。
お茶をして、そういえばハウルまだ見てない、というと、じゃあ見に行きましょうといって、彼女は二度目だというのに一緒に映画を見た。
内容はよく覚えていないけど、隣に誰かがいて、一緒に何かを見ている時間は辛さが和らいだ。

飲み屋に入って映画の感想や互いの仕事やら家庭のことやらを話して、別な店に河岸を変えた。このお店も、たまに彼女と飲む店だった。
どれ話してごらんよ、お泣きよ、と言われて、堪えていたとは全然思ってなかったのにやはり涙が出て止まらなかった。支離滅裂に彼女となんで別れてしまったのか、今でもメール打ちたい、電話したい、けどそれはこんな状態でしちゃ駄目だし、俺が辛いと思っている何百分の一でもいいから、彼女も少しはさみしい、辛いって思ってるんだろうか。それとももう全然何も思ってはいないんだろうか。そう思うとほんと辛い、そんな泣き言を言った。

泣いて落ち着いて、酔いも回ってきたので、半蔵門線で解散することにした。
ホームで本当にありがとう、今日はありがとうと頭を下げた。
彼女が頭を抱いて、大丈夫だから、と言った。まだ涙が出た。

大丈夫って何だろうか。自分で切り開く先に大丈夫があるなら、
その障害を可視的に、一個一個処理できるように、
はやく心を強くしたい。

彼女からはメールはなかった。
俺もメールはしなかった。

友人


彼女が研修中二日目の夜、酷い揺り戻しがきた。
半蔵門線の白線の上で子供が遊んでいるが、そのまま飛び降り手見たらどうだろう。一緒にとか考えた。

帰って友人に電話した。話しているうちに涙がとまらなくなって嗚咽しっぱなしで、ほとんど会話になってなかった。今相手にメールしたいし声も聞きたいけど、こんな涙でぐじゃぐじゃの状態でかけたところで何にもならなないよね、といった。
ねえ**君、君だったら、嫌いでもないけどさして好きでもない(もう心が離れた)相手ぁら、自分が疲れて帰ってきたときに「お疲れさま」メールがはいってたら返信する?と聞くと、「面白いメールには返事する。疲れてるんだから、お疲れなんて言われたってそんなの当然だよって思うし」って言った。
なるほど、その通りだね。ただお疲れ、だけじゃそれきりだもんな。


彼女には研修から戻ってきた夕方頃にメールを打った。
返信が届いて、今打ち上げ中、風邪は平気みたいだよ、ありがとうという返事だった。
悲しくて嬉しい。


メール



彼女は二泊三日の会社の研修で新潟に行っている。
大雪だ。それでなくても風邪ひいてたというのに。
心配なのでメールしました、具合平気ですか。頭まで雪に埋まってませんか。

送りたいけれど、向こうから東京戻りましたのメールが来ることを祈ってる。
来るはずはないし、きっと俺から送るのだろう。

立場を逆にして考える。たとえ仲の良い友達としてやっていこうという相手同士でも、
まだ自分に好意をもっているが、自分のこころは向こうにはない相手からもらうねぎらいの
メールというのはどう解釈されるんだろう。
自分ならば、仕事で疲れているときにもらうメールは誰だってうれしいしありがたい。
でも、それが四日前に恋人から友達に戻った相手からだったら、別れを告げた相手から見れば、その連絡はやはり重いんだろうか。うざったいんだろうか。

薬 2



酒はウイスキー一本を飲んでも全然酔わない、
でもうとうとして目が急に覚めるとシーツが汗びっしょりだ。
それを二三回繰り返して会社に行く。

昨日もらった薬は夜にはとても効いて、彼女が友達となったこと、
言葉を隠さずに言えば、すっきり別れを告げなければもう一度あたらしく始められないことというのを前向きに捉えることができた。

睡眠導入剤を飲んで起きたら、途中で目が覚めるもなく一時間遅刻した。
足はふらついていて会社でも目がなかなか開かない。
上司に風邪?顔色悪いよ、と言われる。

仕事をしながら、不意にもう彼女とは恋人ではないという現実がこころに現れてくる。2ちゃんねるの失恋板からメールを打った相手とメールをする。
相手も不義の彼氏で苦しんでまいっているらしい。しかしこちらがパニックのとき、泣きながら電話したときに聞いてくれた。

少しだけ側に居てほしいとメールする。わたしは彼女の代わりにはなれないよと返信がくる。当然だ。
ただセックスをしたいとか抱きしめあいたいとかそんなことじゃない、
自分以外の誰かが呼吸をしている空間で眠りたい。